白内障と緑内障は、どちらも年齢とともに増える目の病気です。しかし、原因も治療法もまったく異なります。白内障はレンズの濁りによって「かすむ」病気、緑内障は視神経が傷んで「視野が欠ける」病気です。放置すれば生活に大きな支障をきたすこともあります。この記事では、それぞれの違い・症状・治療法・予防法を、専門的な内容も交えながら解説します。
白内障と緑内障の違い

どちらも中高年以降に多く見られる目の病気ですが、「どちらも視力が落ちる」という点以外はまったく異なるメカニズムで進行します。ここではまず、2つの病気の根本的な違いを見てみましょう。
白内障:水晶体が濁る「レンズのにごり」
白内障は、目の中にある透明なレンズ「水晶体」が加齢や紫外線などの影響で濁る病気です。

この濁りによって光が乱反射し、以下のような症状が起こります。
- 視界が全体的にかすむ
- まぶしく感じる
- 色のコントラストが弱くなる
などの症状が特徴です。これはあくまでレンズのにごりによるものであり、視神経や網膜などの感覚器官には直接のダメージはありません。手術によって濁った水晶体を取り除き、人工レンズ(眼内レンズ)を入れることで視力回復が期待できます。
緑内障:視神経が傷む「見えない部分が増える病気」
一方の緑内障は、視神経が徐々にダメージを受けていく病気です。

- 初期は自覚がほとんどない
- 周辺視野が少しずつ欠ける
- 進行すると中心しか見えなくなる
という特徴があり、視神経は一度傷むと回復しません。そのため、進行を止める治療が中心になります。
白内障の原因と治療

白内障は年齢とともに誰にでも起こりうる病気です。生活の中で不便を感じ始めたら、治療の検討が必要になります。
主な原因と発症年齢
- 加齢(最も多い原因)
- 糖尿病・アトピー性皮膚炎
- 外傷や手術歴
- 長期ステロイド使用
- 紫外線への長期曝露
40代ごろから濁りが始まり、60代以上では多くの人に兆候が見られます。
治療方法と進行の目安
初期は進行を抑える点眼薬(例:ピレノキシン)を使用することもありますが、これは白内障の進行を“わずかに”遅らせる可能性があるというレベルで、根本的に治すことはできません。また、市販の白内障予防目薬についても、効果を裏づける明確な科学的根拠は十分とはいえません。
以下のような状態になったら手術の検討時期です。
- メガネをかけても視力が出にくい
- 日常生活(運転・読書・仕事)に支障を感じる
- 見え方にストレスを感じる時間が増えた
白内障の手術は、進行を待って行う必要はなく、「生活の中で不自由を感じたタイミングが、手術に最も適した時期」と言えます。
緑内障の特徴と治療

緑内障は日本人の中途失明原因の第1位です。進行を防ぐには「早期発見」と「継続治療」がポイントになります。
原因と種類
- 原発開放隅角緑内障
最も多く、日本人では約7割がこのタイプ。眼圧は正常でも発症することがあり、「正常眼圧緑内障」とも呼ばれる。ゆっくり進行し、気づきにくい。 - 原発閉塞隅角緑内障
比較的急激に眼圧が上昇し、痛みや充血、急激な視力低下を起こすことがあり、急性緑内障発作として知られる。 - 続発性・先天性緑内障
他の病気(ぶどう膜炎・糖尿病・外傷など)により発症。生まれつきの構造異常に起因する「先天緑内障」もまれに存在する。
視神経は、網膜で受け取った映像信号を脳に伝える大切なケーブルのような役割を担っています。緑内障では、この視神経が少しずつダメージを受けてしまい、脳に情報が届かなくなります。その結果、視野の一部が見えなくなっていきます。
この障害は回復しない不可逆性のものであり、一度失われた視野は元には戻りません。
静かに進行する緑内障
緑内障は、初期の段階ではほとんど自覚症状がありません。その理由は主に次の3つです。
- 視野の欠けた部分を脳が補う(視覚補完)
→ 脳が自然に見えていない部分を「見えているように錯覚」してしまいます。 - 片眼の視野を、もう片方の眼が補う
→ 一方の眼に異常があっても、もう一方がカバーするため、両眼では気づきにくくなります。 - 中心視野は最後まで残ることが多い
→ 周辺の視野が欠けていても、文字を読んだり人の顔を見たりする中心視力には影響が出にくく、気づくのが遅れます。
患者の多くは「一部が黒く欠けた」とは感じず、「なんとなくぼやける」「見えにくい部分がある気がする」「目を使うと疲れる」といったあいまいな違和感で初めて異常に気づきます。
主な治療法
- 点眼薬:眼圧を下げて進行を抑える
- レーザー治療:房水の流れを改善
- 手術:点眼でコントロールできない場合に実施
日本では中途失明原因の第1位が緑内障です(厚労省調査)。進行速度は個人差がありますが、治療せずに放置した場合、約15年〜20年で重度に達する可能性があります。一方で、早期に発見し、適切に治療(主に点眼薬)を継続できれば、多くの人が失明を防げることもわかっています。
白内障と緑内障の併発リスク

加齢とともに、白内障と緑内障が同時に進行するケースが増えます。それぞれの病気が互いに影響し合うこともあります。
白内障が進むと水晶体が膨らみ、眼圧が上がりやすくなります。これが緑内障の引き金となる場合もあります。
特に「遠視傾向」「隅角が狭い」と言われたことがある人は注意が必要です。
白内障と緑内障が併発しやすい人の特徴
- 年齢が60歳以上
- 遠視気味で、もともと眼が小さい
- 隅角が狭いと指摘されたことがある
- 緑内障家系(家族に緑内障の人がいる)
- 高眼圧症と診断されたことがある
白内障手術が緑内障に与える影響

白内障の手術は、視力を回復させるだけでなく、眼圧に影響を与えることがあります。
白内障手術で水晶体を取り除くと前房が広がり、眼圧が下がることがあります。ただし全員に当てはまるわけではなく、緑内障が進行している場合には手術による眼圧変動で視神経にストレスがかかることもあります。
手術前に眼圧を安定させることが重要です。
緑内障を持っている方の白内障手術の注意点
- 術中の眼圧変動により、視神経にストレスがかかる
特に進行期〜末期の緑内障では、手術による眼圧変動で視野が悪化するリスクがあります。 - 視神経がすでに傷んでいると、術後の視力回復が限定的なこともある
白内障をとっても、「見えないのは視神経のせい」であれば視力改善にはつながらない場合もあります。 - 眼圧が不安定な方は、事前にしっかりコントロールしてから手術を
必要に応じて、緑内障の専門医と連携して術前評価を行います。
白内障と緑内障の同時手術

両方を同時に治療する「併用手術」は、1回の手術で視力回復と眼圧コントロールを同時に行える方法です。
併用手術が選ばれるケース
- 点眼薬で眼圧が下がらない
- 視野の進行が早い
- 点眼の副作用や負担が大きい
使用される手術法
- MIGS(iStentなど):小さなチューブを使った低侵襲手術。軽度〜中等度向け
- 線維柱帯切開術(トラベクロトミー):生理的な房水排出を促進。やや中等度以上向け
- 線維柱帯切除術(トラベクレクトミー):強力な眼圧下降効果があるが、術後管理が必要
どの手術が適しているかは、緑内障の進行度・隅角の形状・年齢・手術歴などを総合的に判断します。
※MIGSは白内障手術と同時に行うことが必須条件となります。
費用の目安(3割負担)
白内障と緑内障の同時手術は、保険診療で受けることが可能です。ただし、手術の種類や併用レンズの内容によって費用は変わります。以下に主なケースをまとめます。
| 手術内容 | 自己負担額の目安 |
|---|---|
| 白内障手術のみ | 約45,000〜57,000円 |
| 白内障+緑内障併用 | 約80,000円前後(高額療養費制度あり) |
| iStent併用 | 約47,000円程度 |
※条件やレンズの種類により変動。
他の「だんだん見えなくなる」目の病気

白内障・緑内障のほかにも、徐々に視力が低下する病気があります。いずれも放置は禁物です。
| 病名 | 特徴 |
|---|---|
| 加齢黄斑変性(AMD) | 中心がゆがむ・黒く抜ける |
| 糖尿病網膜症 | 黒い影や出血による視力低下 |
| 網膜剥離 | 光が見える・視野が欠ける |
| 網膜色素変性症 | 夜盲・視野狭窄 |
これらの疾患の多くは、早期に見つければ進行を遅らせたり、治療によって視力を保ったりすることが可能です。気になる症状があれば早めに受診を。
予防と早期発見のポイント

白内障も緑内障も、早期発見で進行を抑えられます。「見えにくい」と感じた時点での受診が重要です。
- 40歳を過ぎたら年1回の眼底・視野検査
- 家族に緑内障の人がいる場合は早めのチェック
- メガネを変えても見えにくい時は要注意
- 「正常眼圧」でも緑内障の可能性あり
次のような見え方の変化があれば、それは眼の病気のサインかもしれません。
・メガネを変えても視力が出にくい
・日中は見えるのに夕方や暗い場所で見えづらい
・片目を隠すと、反対の眼で「見えにくい部分」がある
・まぶしさが強くなってきた
・なんとなく見え方が違うと感じる
1つでも思い当たるなら、早めに眼科を受診しましょう。
よくある質問

Q. 白内障と緑内障、どちらを先に治す?
→ 見えにくさの原因がどちらかによって、治療の順番が変わります。
視力低下の主な原因が白内障であれば、まず白内障手術を行うのが一般的です。
一方、緑内障の進行が早く眼圧が高い場合には、緑内障の治療を優先することもあります。
どちらの影響が大きいかは、眼科で詳しく検査して判断します。
Q. 白内障手術で緑内障は良くなる?
→ 緑内障そのものは治りませんが、眼圧が下がることがあります。
白内障手術によって目の中の水の流れ(房水)が良くなり、眼圧が自然に下がるケースがあります。
その結果、点眼薬を減らせたり、緑内障の進行を抑えられる場合もあります。
ただし、視神経が回復することはないため、「治る」わけではありません。
Q. 点眼薬はやめていい? → 自己判断は危険。必ず医師へ相談
→ 緑内障の点眼薬は、視神経のダメージを防ぐために欠かせない治療です。
途中でやめてしまうと、気づかないうちに視野がさらに狭くなってしまうことがあります。
副作用がつらいときは、種類を変える・回数を減らすといった調整もできるため、必ず医師に相談しましょう。
Q. 検診頻度は? → 緑内障は3〜6か月ごと、白内障は見づらさを感じた時に
→ 病気の状態によって異なります。
- 緑内障のある方: 3〜6か月に1回の眼圧測定・視野検査を行います。
- 白内障の方: 見づらさを感じ始めたら受診の目安です。
- 40歳以上で自覚症状のない方: 年1回の定期検診がおすすめです。
定期的なチェックが、見え方の変化を早期に発見するカギになります。
まとめ|「まだ見える今」が未来の視力を守るチャンス

白内障も緑内障も、静かに進行する病気です。放置すれば取り返しがつかなくなることもあります。
- 白内障は治せる
- 緑内障は進行を止めることが治療
- 定期検査と早期発見が視力を守るカギ
「見え方が少しおかしい」と感じたら、“歳のせい”ではなく、眼からのサイン。
今のうちに眼科で検査を受けることが、将来の安心につながります。
白内障も緑内障も、「静かに進行する」という共通点があります。まだ見えているうちに検査を受けることで、視力を守ることができます。少しでも「見え方が変わった」「まぶしい」「ぼやける」と感じたら、年齢のせいにせず眼科を受診しましょう。早めの対応が、未来の見え方を変えます。あなたの大切な視界を守る第一歩は、“気づいた今”からです。
参考文献
・Mansberger SL, Gordon MO, Jampel H, et al. (Ocular Hypertension Treatment Study Group).
Reduction in intraocular pressure after cataract extraction: the Ocular Hypertension Treatment Study.
Ophthalmology, 2012
→ 眼圧が高めの無緑内障眼(高眼圧症)において、白内障手術後の眼圧が平均16.5 mmHgから15.2 mmHgに有意に低下。
・Chen PP, Lin SC, Junk AK, et al. (American Academy of Ophthalmology).
Cataract surgery in the glaucoma patient.
Ophthalmology, 2015
→ 緑内障眼における白内障手術の効果をレビューし、軽症の開放隅角緑内障では白内障手術単独での眼圧下降が期待できると結論。
Samuelson TW, Katz LJ, Wells JM, Duh YJ, Giamporcaro JE.
Randomized evaluation of the trabecular micro-bypass stent with phacoemulsification in patients with glaucoma and cataract.
Ophthalmology, 2011





























